今さら『ジョーカー』を見た件について(その2)♠︎

Text by magician soboga

sobogaです。
前回に引き続き、トッド・フィリップス監督、ホアキン・フェニックス主演の映画『ジョーカー』の考察です。
今回もネタバレを含んでいますのでこれから観るよって方は要注意ですよ。

『一部事実・一部妄想』として話を進めます

前回書いた通りsobogaは『一部事実・一部妄想』派です。
『まるごと妄想説』ではない理由は前回の記事を読んでもらうとして、『まるごと妄想説』だと驚きは大きいかもしれませんが、面白味に欠けるからっていうのもありますけどね。

何が事実で何が妄想か?

事実と妄想の区別について、sobogaの中には明確な判断基準があって、それは、悲劇の主人公アーサーにとって都合の良いことはすべて妄想で、それ以外が事実と解釈しています。

ここから先はsobogaの独断と偏見に満ちあふれた解釈なのでそれを踏まえて読んでくださいな。本当の正解なんてありませんよ。また、映画を観ていることを前提に書いてますので、まだ観ていない方には何のことやら分からないかもしれません。 ※シーンの名前はsobogaが勝手に付けています。ピンとこない方は今一度映画を見直してくださいな。

アーサーという男の人生は、これでもかというほどの悲劇です。これまで一度も良いことがなく、でも自己愛が強くプライドも大きい、さらに言えば、幼少のころから目指しているコメディアンとしての才能は1ミリもなく誰からも認められていないという徹底ぶり。そのおかげで完全に精神が崩壊しています。

そういう観点で見ていくと、事実と妄想の境界線がなんとなく見えてきます。

【ピエロの仕事中ガキどもに袋叩きにされる】
現実です。
その後の楽屋シーンで、このときに負ったであろう身体の傷を見ることができます。

【カウンセリング(1回目)】
謎の11時11分の時計が映るシーンでもあり、これを妄想のきっかけとする考察もあるみたいですが、このシーンは現実ですね。

【バスで男の子を笑わせる】
黒人の男の子を笑わせる → 妄想
黒人女性とのやりとり → 現実

このシーンの最後のカット、よく見ると男の子が映っていません。まるで最初から居なかったかのように。

つまりこのシーンは現実と妄想が混ざり込んでいる場面だと解釈できます。

【自宅への帰り道・母親ペニー登場】
すべて現実でしょう。

ちなみに、帰り道の長い階段は、物語のクライマックス、ジョーカーとして覚醒したときにも使われます。メタ的な対比シーンですね。

【マレー・フランクリンのTV番組】
TVを観ている途中から妄想が始まるけど、自身でも妄想していることを認識している。願望と言えるかも。

アーサーという男は現実と妄想を行ったり来たりしている人間ですよという、説明シーンのようにも見えますね。

【拳銃を貰う】
ここはこの後の解釈に大きく関わる場面で、完全に妄想です。

先に書いちゃいますが、このあとの拳銃絡みの、アーサーにとって都合の良い出来事がいくつも起こりますが、これらはすべて妄想です。となると、拳銃を手に入れたこと自体が妄想でないと辻つまが合わなくなります。

同僚のランドルに「拳銃が欲しい」ようなことは実際に話したのかもしれませんが、物語の最後まで”本物の”拳銃を手にすることはないはずです。

【上司の理不尽な要求】
壊した(無くした)看板を返せ、じゃなきゃ給料から天引するぞのシーン。
ここは間違いなく現実でしょう。

【ソフィーとエレベータの中で】
ソフィーとの最初のシーン。全部妄想です。
現実としてはせいぜいソフィーと娘のジジの2人とエレベータで一緒になったっていうだけのことかもしれません。

【部屋で踊りながら拳銃をうっかり撃ってしまう】
コメディタッチなシーンですが妄想です。
そもそもうっかり撃ってしまう拳銃は持っていません。小道具の拳銃を持って踊っていたんでしょう。

【ソフィーを尾行】
ただのストーカーですね(笑)
これは現実です。

【コメディクラブ】
コメディアンとして1ミリも才能がないことがはっきりわかる現実のシーンです。

【ソフィー訪問】
絶望的に妄想です。
ストーキングに気付いた女性が訪ねてくるなんて、そんな都合のいい奇跡が起こるはずがありません。

【小児病棟でピエロのお仕事】
現実です。
落とした拳銃は本物ではなく小道具で、うっかり落としたのではなく本当にそれがウケると思ってやっています。

【クビを言い渡される・拳銃の謎が解ける】
現実です。
そして、ランドルから拳銃を貰っていないことが判明するシーン。
やはりランドルから拳銃を買おうとして買えなかったのが事実のようです。

【地下鉄で最初の殺し】
拳銃が絡むシーンですから妄想です。また、映画の舞台は1981年です。その年代の若いサラリーマンがフランク・シナトラを歌っていることも不自然。
翌日の楽屋を去るシーンでは殴られた形跡がどこにもないことから暴行すらもなかった可能性大です。

【ソフィーとのキス】
ここからソフィーとの恋人関係が始まりますが、破滅的に妄想です。何もかもが妄想です。

【クビになり楽屋を去る】
現実です。鏡に映るアーサーの顔のアップから始まりますが、前日サラリーマンから暴行を受けているはずなのにどこにも傷は見当たりません。
後にランドルとの絡みを匂わせる伏線を張るシーン。

ちなみに、タイムカードの時計はまたしても11時11分を指しています。

【トーマス・ウェイン】
現実でしょう。
実際にピエロに扮した人物のサラリーマン殺しはあったようです。被害者3人の写真はアーサーが見た3人ですが、これはアーサーの妄想かもしれません。

【カウンセリング(2回目)】
現実です。カウンセリングの打ち切りを告げられさらに精神的に追い詰められていきます。

【コメディクラブのステージに立つ】
ピエロの実績だけでステージに立てるものなのか疑問の残るシーンですがギリギリ現実でしょう。
まったくウケることもなく大失敗に終わりますが、途中から妄想に突入していきます。

ステージの最後、観客の笑い声、拍手、客席で見つめるソフィーはすべて妄想です。

【デート】
ソフィーとの甘い時間です。残念ながらぜーんぶ妄想。
新聞記事もソフィーの言葉もすべてがアーサーを持ち上げています。そんなわけがない。

【ペニーの手紙】
現実ですね。手紙には、アーサーはトーマス・ウェインの息子であることが書かれています。

【ウェイン邸】
ブルースとの対面。現実と見ていいでしょうが、後にジョーカーとなり、バットマンとなる2人の対面とも取れるので、映画ファンに対するサービスシーンのようにも思えます。

【ペニーの入院】
2人の刑事と話すところまでは現実。
ソフィーと病室のベッドのペニーに付き添うシーンは妄想。アーサー1人で付き添いをしています。

【病室のTVでマレー・フランクリン・ショー】
現実です。昨晩のアーサーのコメディクラブでのダダ滑りの様子をネタにされこき下ろされています。

【ウェイン・ホール慈善イベント】
ピエロのデモ隊の混乱に紛れるところまでが現実で、その後は妄想です。アーサーはトーマス・ウェインに会っていません。

根拠はいくつもあります。

  • 警察と正面衝突しているデモ隊から見つからずに抜け出してホールに忍び込めるはずがない。

  • 変装したポーターの服はどこで手に入れたのか?

  • 上流階級達が観ている映画がチャップリン。1981年に?

  • トーマスに殴られた後、洗面台にうなだれるポーズと、直後切り替わった自宅シーンのポーズが同じ。

ホールに忍び込むところからその後は自宅での妄想と見ていいでしょう。

【ゲスト出演のオファー】
どえらい妄想。誰にも認識されていない男がゲストに招かれるわけがありません。
冷蔵庫の中で、刑事からの電話の音を聞いたところから妄想を始めたのでしょう。

【アーカム精神病院】
ここも妄想。門前払いをくらった可能性大です。息子といえど、何の手続きも踏んでいない人間に簡単に資料が出てくるものでしょうか?また、上手いこと資料を奪えてるのも都合が良すぎるし、知りたい情報が揃いすぎている気もします。

【ソフィーとの事実】
どうやってソフィーの部屋に忍び込んだのかが謎すぎるのでここも妄想の可能性はありますが一応現実としておきます。この件で完全に精神が崩壊します。

【母親殺害】
現実です。現実での最初の殺人。
トーマス・ウェインとの対面(妄想)と精神病院の資料(妄想)は、母親殺しの口実が欲しかったのかもしれません。

【自宅でゲスト出演のリハーサル】
現実です。自殺ネタのリハーサルでしょうか。

【ジョーカーメイク】
現実です。メイクをしながら握りつぶす若い頃のペニーの写真にはトーマス・ウェインのポジティブなメッセージが。もしかしたらアーサーは本当にトーマスの息子なのかもしれません。

【同僚殺し】
現実です。2人目にして最後の殺人です。
ゲイリーの目の前でランドルをハサミで刺殺し、その後、逃したゲイリーが警察を呼んだのでしょう。

【ジョーカー覚醒】
ここは現実。いつも力なく登っていた長い階段を”下る”ことでジョーカーとして覚醒したことを表現したメタ的シーン。ここからアーサーの妄想が暴走していきます。

【逃走劇】
2人の刑事から逃げるシーン。ここは非常に意見が分かれるところですが、soboga的には結構早い段階で妄想スタートと考察します。
逃げ始めてすぐに車に轢かれますが、ここが現実と妄想の分岐点。現実ではここで気を失い、刑事に捕まって物語終了です。車の上に跳ね上げられ気を失ったとすると、最後、ピエロ達に担がれ、車の上で覚醒する場面との対比シーンとも取れます。

【楽屋での会話】
えーっと、一応シーンごとに書いていきましょう。妄想です。

【マレー・フランクリン・ショー】
殺人ショーで世間に絶大なインパクトを残しましたが、ただの妄想です。楽屋での会話も含め気絶中の妄想かもしれません。

【アーサー逮捕】
現実です。ですが、警察との会話は妄想です。街が燃えていることにアーサーは影響を及ぼしていません。
アーサーが犯した罪は、母親ペニーを窒息死させ、同僚ランドルを刺殺した2件です。

【パトカーからの救出】
妄想です。暴動を起こしているピエロ達の誰もアーサーのことなんて知りません。

【ブルースの両親殺し】
映画バットマンでは、バットマン誕生のきっかけとされる有名シーン。唯一、アーサー視点ではない妄想シーンです。

【ヴィラン・ジョーカー誕生】
悪の帝王誕生ですが、完全なる妄想。逮捕後の妄想はすべて、ラストシーンの精神病院内での妄想かもしれません。

【ホワイトルーム】
精神病院のカウンセリングルーム。現実のラストシーンです。
アーサーは心から笑いながら、ジョークを思いついたと。ウェイン夫妻が殺されてブルースだけが取り残されたシーンが差し込まれるので、「ブルースが後にバットマンとなり、悪の帝王として覚醒したジョーカー(アーサー)と対決することになる」というジョークを思いついたのかもしれません。

【The End】
カウンセリングルームから出てきたアーサーの足跡は血と思えるような”赤”がベッタリです。カウンセラーを殺したのか?とも思えるシーンですが、精神病院内でのカウンセリングが他のスタッフに監視されていないわけがありません。ここまでのストーリーとは完全に切り離された”映画としての”ラストシーンでしょう。
何が現実で何が妄想なのか?この物語は悲劇なのか喜劇なのか?解釈によってどうとでも取れる物語でした。チャンチャン。ていうことでしょう。

バットマンもジョーカーも居ない現実のお話

こんな感じです。
何をやっても上手くいかない精神に異常をきたした男が、母親と同僚を殺して逮捕され、精神病院に収容されるお話でした。

DCエクステンデッド・ユニバースからは切り離された、バットマンとも悪の帝王ジョーカーとも何の関係もない、現実の男の狂気を描いた物語として受け取りました。

もう一度細かく観たらまた違う解釈が生まれるかもしれませんね。

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